ストレスとの関係性に関して

パワポの資料を弄りながら、自分はこの後どうなっていくんだろうと言うことを延々と考えていた。

 

翻訳やりたいとか、営業チャレンジしてみるのもいいかな、とか、ああ、でも俺今の所時間守れないし、納期と戦わないといけないし、一回諦めたら頭が回らなくなる人間だし、無理かなぁ、いやそれを言い始めたらあらゆる職に就くのが無理やがな、とか考えていた。

 

生きていけば間違いなくストレスにはぶち当たる。親父には「お前は不器用すぎるんだなぁ。生真面目というか。何でも大仰に捉えるから、その分人より大きくストレスがかかる。だからストレスに弱いように見えるんだ」なんてことを言われた。大仰に捉えるのはそうだと思う。目標に至るまでの作業工程が具体的に想像できていないからだと思う。物事を漠然と捉えすぎる。

 

数学の授業で黒板に途中式書いてる時「君、そこまで書く必要ないよね・・・。」って所まで途中式細かく書いていた。これは優先順位がつけられないのが関係しているのも関係しているだろうし、そもそも他人がどこまで書けば納得する記述になるのか分からなかったというのもあるだろうし、一方で「要約」という概念に対する意識が自分の中で希薄だったというのもあるかもしれない・・・。

 

作業の手順を具体的に想像するには経験と反復が必要で、作業初回から効率的にそれを成すには、やはり事前に自分で勉強しておくしかない。結局のところ自分は一生勉学と付き合っていかなくては、マトモに生きてくというのは無理なのである。自分から主体的にやる勉強は好きなんでいいけれど。まあそこそこいい大学入っておいて、勉強好きになれてよかったなぁ、と思う次第です。勉強好きな方に振れたのは幸運だったと思う。(やらされる勉強は興味も湧きづらいし、心底嫌いだけどな!)

 

 

 

 

 

辞めることが決まって、心身ともに楽になった。上司や先輩とのコミュニケーションも楽になった。前よりちゃんと話せているし、プレゼンの練習もちゃんとできている。このプレゼンが私の事実上のちゃんとした最後の仕事というか、お世話になった方々への最後の感謝の言葉を述べる場である。プレゼン資料作るのは時間かかったけど、まあ構成はちゃんとしていると思う。言いたいことはちゃんと積み込んだ。あとはおそらく言うだけだ。これくらいは最後にちゃんとしようと思う。

 

終わったら池袋になのは見に行こう。